(2024 年 6 月更新)
ディレクターの高橋です。こちらの記事をきっかけに既存の Web メディアのアプリ化についてご相談を受ける機会が増えてきましたので、久しぶりに更新します。
私自身もオウンドメディアの編集長の経験がありますが、10 年前のオウンドメディア全盛期から某有名メディア群の歴史に残る大炎上からの冬の時代を経て、最近では
- Google 検索のアルゴリズムが昔のようにドメインパワー重視に回帰
- ノーコードツールと Flutter・React Native の普及による iOS/Android アプリ開発のコストダウン
といった要因により、また一定規模以上の企業様を中心に Web メディアを活用していこうという機運が高まっている印象があります。
Web メディアの目的は、純広告のマネタイズが厳しくなったことから
- CTA(自社サービス)へ誘導することで実質的な売り上げを計上するオウンドメディア型
- EC と紐づけて商品の購入を促すメディアコマース型
- 記事販売+プレミアム会員を増やす有料メディア型
- 会員でコミュニティを形成して送客など別ビジネスを展開する人材プール型
あたりがメインとなりました。一つ目だけはメイン事業の集客&ブランディングツールで、他は単黒を目指す一つの事業というイメージです。
アプリ化を検討されている時点でサブスクやコミュニティ戦略を既に実行あるいは企画されているかと思いますので、本記事では「メディアアプリってどんな価値を提供できるんだっけ?」「でも実際、アプリのコストってペイできるんだっけ?」といった点を整理していきます。
長いですが、適当にググったときに出てくる誰が書いてるのか分からない長いだけの記事よりは参考になるかと思いますので、最後まで読んでいただけるとありがたいです。
1. そもそも Web メディアを iOS/Android アプリ化するメリット
一般的なアプリ化のメリットとして挙げられるのはプッシュ通知によるリピート促進ですが、主だった項目を一覧化すると
- 会員登録/ログインなしでも端末で会員を識別できるので、コンテンツのお気に入り登録などを利用してもらいやすい
- ダウンロードすることでオフラインでも閲覧できる(主に動画メディア)
- プッシュ通知によるリピート率・訪問頻度の向上
- サブスクの誘導・決済から期限の管理までが Web よりスムーズ
- SEO 重視の長文訴求だけでない、短文・エッセイ・動画など幅広いコンテンツ配信による新たな価値提供=ロイヤルティ向上(プッシュ通知などにより一定の PV を担保できる)
- 競合との併用から自社独占へのシフト(Web でいう指名検索の増加)による LTV 向上
などが挙げられます。ホーム画面のアイコン追加にそこまで絶大な効果があるとは思えませんが、メディアの場合は自社ジャンルにおいて想起の絶対的一位を取ることが重要なので比較的相性は良いアプリジャンルといえます。
さらに、アプリで会員登録&普段使いしてくれている顧客は
- レコメンド設定など、Web の初回ビジターはまず使わない機能も使ってもらいやすい
- アンケートを依頼すると熱心な回答が得られやすい
- セッションあたりの滞在時間と回遊率が高い
といった特徴があるため、Web 以上に細かい行動データを分析でき、顧客ニーズ/インサイトの予測や施策のセグメンテーション/パーソナライズの参考にできます。
もちろん一定のアプリ品質と運用水準、そして既存の Web での最低限の読者数とロイヤルティが求められるのですが、上記のようなメリットで年間 500~1,000 万円の投資を回収 or 事業を成長させられるか?という点が「アプリ化すべきか」の論点となります。
※当社のノーコードプラットフォーム「Pasta」であまり機能を盛り込みすぎないメディアアプリを作る場合は初期費用が数百万円で済むので、その基準で年間コストを試算しています。もし自社の企画で見積もりが欲しい場合はお気軽にお問合せください!
[補足] プッシュ通知の開封率・CTR って実際どれくらい?
記事広告を公開した際にプッシュ通知で届けることができるのは大きなメリットとなります。Twitter や Facebook よりも流れてしまう確率が低いだけでなく、ユーザーがある程度余裕がある、記事をしっかり読めるタイミングで開いてくれることも大きいです。
メディアの場合は LINE による新着コンテンツの告知は使いづらいため、リピート促進ツールとしては X (Twitter) などの SNS がメインとなります。
とはいえ、メディアアプリのプッシュ通知の開封率・CTR はあまり高くはありません。メディアアプリの平均は 1~3%(※複数社の調査の総合)となっています。
ですので圧倒的なメリットとまでは考えず、アプリ化+プッシュ通知によって全体的な PV・訪問頻度の水準を底上げするという温度感で計画を立てるのがおすすめです。
2. 自社メディアのアプリ化を企画する前のチェックリスト
アプリ化の効果が分かりやすい EC アプリになどに比べると、メディアアプリは必ずしも投資に見合うリターンを生み出すとは言いづらいです。ですので、
- Web の時点で十分なトラフィックと、高いエンゲージメント(アプリに移行してくれる程度)があること
- 集めたアクティブユーザーを何かしらの経路で売上につなげやすい事業であること
という二点ではアプリ企画の段階でよく考えておく必要があります。
安易にアプリ化してダウンロード数が伸びなかったり、App Store/Google Play のレビュー欄が荒れるケースもあります。
小売業にとっての LINE 関連など、「自社アプリの前段階」のスモールスタートを切りやすい選択肢もないので、Web メディアの成長戦略としては一定の投資が必要になります。
多くの読者にとってはアプリは必須ではない
毎日使うような SNS アプリなどに比べると、一企業のメディアアプリをダウンロードしてもらうハードルと、定期的に起動してもらうハードルは高いといえます。
- 大手ニュースポータルなど二次掲載場所で自社のコンテンツが流れたときに見るという温度感の読者
- 定期的に読んではいるが、アプリを DL するほどではなくメルマガ購読や X/Facebook などの公式アカウントをフォローするという温度感の読者
を自社アプリのユーザーおよびアクティブユーザーに転換できるかという壁が存在するからです。
読者目線でも、気になるメディアを見つけた場合のアクションとしてはまず「公式 SNS アカウントをフォローする」または「メールマガジンを登録する」ことが一番目に来ると思います。
また、消費者の可処分時間の奪い合いという面では、個社のメディアアプリよりも SNS やキュレーションアプリなど、多くの情報が集まるプラットフォームのほうが有利です。
ですので、メディアアプリのダウンロードおよびプッシュ通知の許諾には、「メールや SNS のタイムラインでは面白い新着コンテンツを見逃してしまうかもしれない」と焦らせるほどのメディア自体の魅力の高さも求められます。
メディアコマース(物販)モデルの成功事例の生まれづらさ
バイラルメディア・キュレーションメディアのブームが終わる前の段階から、メディアコマースに対する期待度は Web メディア業界の中ではかなり高い状態が続いていました。
北欧、暮らしの道具店が成功事例として語られてきましたが、2024 年になっても同レベルの成功事例は生まれていないといってもいいのではないでしょうか。後述する mybest は収益モデルが近いようにも見えますが、メディアコマースというよりはアフィリエイトメディアなのでブランド力ありきのメディアアプリとはまた異なります。
考えてみればシンプルな話で、オシャレなインテリアのカタログなどそれ自体が読んでいて楽しいジャンルをのぞき、"買い物をするために本(アプリ)を開く" タイミングと、"情報を収集するために本(アプリ)を開く" タイミングはシームレスではありません。
新しい商品・サービスの情報を入手した記事の末尾に “気になる(ブックマーク)” ボタンがあれば押す人は多いですが、“購入(決済)” ボタンがあっても押す人は多くありません。 EC アプリでは顕著な傾向がありますが、単価が高い商材ほど比較検討の時間が長いためパソコンでの購入が増えるという点もデメリットとなります。
3. iOS/Android アプリの開発・運用予算をどう回収するか?
iOS/Android アプリは新規集客・UU 増加の役割は持たず、エンゲージメントと LTV の向上がミッションとなります。
企画時点で重要なことは、アプリ化によって増える収入が、アプリ開発と運用のコストを上回れるかです。 アフィリエイトメインのメディア以外は、PV さえ増えれば収入も増えるという単純な試算は難しいです。
売上の立て方は前述のように
・CTA(自社サービス)へ誘導することで実質的な売り上げを計上するオウンドメディア型
・EC と紐づけて商品の購入を促すメディアコマース型
・記事販売+プレミアム会員を増やす有料メディア型
・会員でコミュニティを形成して送客など別ビジネスを展開する人材プール型
といったパターンとなりますが、多くの場合、事業成立の条件は「アプリユーザーは Web ブラウザ経由の読者に比べてロイヤルティと購買行動の頻度が高い」という状態を維持することになります。
ですので、アプリユーザーが Web 読者に比べてどれほど多くの売上を生み出すのかを試算し、投資の回収を見込んだ事業計画を立てることが重要になります。
[補足1] iOS/Android アプリ開発費用相場に関する補足
会員プロフィールページのカスタム+コメント投稿+ユーザーフォロー+タイムライン表示などの機能を盛り込むコミュニティアプリでない場合、個人的にフルスクラッチでの開発はおすすめしません。
コンテンツ配信メディアのアプリ化のように機能数が多くない場合は、ノーコードプラットフォームを利用して外注か、Flutter/React Native での内製のほうが投資回収のハードルが圧倒的に下がります。昔のように「ネイティブアプリは 1,000 万円から」という時代ではなく、今ではシンプルなメディアアプリなら数百万円規模で iOS/Android 両アプリを提供するノーコード/ローコードのベンダーが増えています。
また、ノーコードの欠点である「運用開始後にカスタムしづらい」という欠点を解消するローコード開発であれば、まずはシンプルなメディアアプリとして 1,000 万円以下で構築し、アクティブユーザーが増えたらタイムライン機能など新機能を追加していくという運用もしやすくなります。
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[補足2] もしかして PWA 化したらアプリ作らなくてもいい?
2024 年 6 月時点でいうと、PWA のメリットはまだ十分に享受できません。
ようやく iOS でもプッシュ通知が打てるようになったとはいえ、現状はホーム画面に追加(インストール)したユーザーにしか配信できません。Android のようにホーム画面に追加を促すバナーの実装が難しいので、実質的な「許諾率」がかなり低くなります。
ただ、Google が PWA を提案する背景は「Web の UX を向上させる」という意図なので、読み込みの高速化などは既存の Web でも注力すべきポイントといえます。 国内でいち早く PWA 化した日経電子版も、AMP に近い思想で実装したと語られています。
僕らはSPA構成ではないので、ページをキャッシュするためにService Workerを使ってキャッシュの処理をゴリゴリと書きますが、ネイティブアプリの開発では手元にJSONを置いておいてロードするだけで済みます。日経では、開発の手間を考えるとやはりまだネイティブアプリの方が上だと思います。
引用:PWAで表示速度が2倍に! スピード改善を妥協しない日経電子版に学ぶ、PWAのメリット&デメリット
また、Android の Web ブラウザで閲覧中の「ホーム画面にインストールしますか」というポップアップを出す実装もメディア業界ではかなり増えてきました。こちらはウェブアプリマニフェストの追加によって実装できるので、開発リソースに余裕があるようなら実装をおすすめします。(※インストール機能は PWA の必要条件の一つといえますが、これが表示される=PWA というわけではありません)
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[補足3] もしかして「メディアアプリ」にしないほうがいいかも?
メディアに限らず、iOS/Android アプリは Web に比べて熱量の高いユーザーを集めやすいため、専門性の高いメディアの場合は「専門家に相談できる」「ユーザー同士で交流できる」という別ジャンルのアプリにするという手もあります。
新規事業として「相談」「交流」を軸としたコミュニティ型のアプリ(マネタイズは送客など)を企画し、既存の Web はアプリユーザーを獲得するためのオウンドメディアとして運用するというすみわけになります。
メディアとして収益を上げようとするとトラフィックを集める=扱うジャンルを広げる動きが求められますが、企業によっては特定の業界に特化したほうが主力事業・他の事業との親和性が高い場合もあります。
情報配信メディアアプリに比べてアプリの初期開発・運用コストは大幅に上がりますが、メディア単体でのマネタイズおよび中長期的な成長に疑問がある場合は検討の余地もあるかと思います。
4. 最近の Web メディアのアプリ化事例
事例まとめ記事は別途用意しているため、最近の事例からいくつかピックアップしてご紹介します。
関連記事: メディアアプリ活用事例6選と、押さえておくべき機能・費用面でのポイント
4-1. スモールスタートした「mybest」
「すべての製品を買って試す」という高品質なコンテンツと SEO 戦略の成功によってグロースしたアフィリエイト型メディアです。
トラフィックが増えれば商品が購入される機会も増えるという効果が予測しやすいモデルだったとはいえ、「指名使い」されやすいジャンルとはいえません。実際、投資回収に対して楽観的ではなかったようで React Native を使って内製で iOS のみアプリをスタートしました。
このネイティブアプリはReactNativeを用いて開発をしています。 Web版をReactで実装しているので、エンジニアがスライド可能で組織として柔軟に運用することを想定してこの技術選定にしました。
出典:https://zenn.dev/mybest_dev/articles/1fda6f67c82724
アプリをリリースして実際にどうだったのか?という細かい話はRepro 社のセミナーにて語られていたのですが、現在再配信はされていないので詳細はこちらでは書けません。
ただ、セミナー・事例として紹介できるほど「アプリ化による LTV の向上」は実現できているということは併記しておきます。
4-2. 中国新聞社「ポケちゅピ」
こちらは当社が開発支援させていただいた事例です。
中国新聞という広島県内で圧倒的なシェアを占めるメディアを既存のノーコードパッケージを使ってアプリ化し、ダウンロード数が 10 万近くまで伸びていました。
しかしノーコードサービスでは会員数が増えてからの「次なる一手」を見越した改修ができないため、柔軟に追加開発ができる当社のローコードプラットフォーム「Pasta」でリプレイスしました。
関連記事:中国新聞公式アプリ「ポケちゅピ」リニューアルを弊社アプリプラットホーム「Pasta」にて支援しました
5. メディアアプリのメリット・Web をアプリ化する意味についてのまとめ
- iOS/Android アプリ開発費用の相場は下がっているので、昔に比べてアプリ化は検討しやすくなった
- 滞在時間の長い・記事広告へのアクションが期待できる “濃い” ユーザーを増やすにはアプリ化は有効だが、ユーザーにとってアプリのダウンロードの心理的ハードルは高い
- アプリ化によって「伸び悩んでいるメディアを救う」というよりは、ある程度のファンベースが形成されてから更なる成長戦略としての検討がおすすめ
- 専門性が高いメディアの場合、単なる「Web メディアのアプリ化」ではなく別ジャンルのアプリを作るという手も
- PWA 化の優先度は 2024 年も上がらなさそうだが、読み込みの高速化と「ホーム画面に追加」ボタンの実装は積極的に検討してもよい
どんな企業もとりあえずオウンドメディアに挑戦していたような時期は過ぎ、メディアコマースや純広告モデルのメディアも年々苦しくなってきています。
ただ、mybest のように大きな成長を遂げるメディアも定期的に話題になってきたように、新規メディアの立ち上げ自体が激減しているわけではありません。iOS/Android アプリ制作会社としては「絶対にやるべきです」と言える領域ではないですが、お悩みのことがありましたら一度ご相談ください。
- 「自社アプリを考えているが、初期投資を抑えてまずは試してみたい」
- 「LINE からの PUSH 配信で顧客と継続的に接点は作れているが、費用対効果が見合わなくなってきた」
- 「安すぎるシステムだと動作速度や拡張性などが不安」
といったお悩みを抱えている企業様に向けて、ノーコードでアプリを開発するサービス「PASTA」を展開しています。